旅と音楽とご飯

趣味や日頃の感想。47都道府県制覇済み。ですが、テーマに沿って再訪問&整理したいと思います。

旅日記Vol.24 山口県政記念館(藩庁#4) (Yamaguchi Prefectural Government Archives / 山口县政府档案馆)

1か月ほどずれてますが、今回は山口の旅日記です。

今回の旅はハプニングから。

元々は九州、大分をメインに観光予定でしたが、大雨の影響で関門海峡を渡れず、渋滞に散々巻き込まれながら、九州上陸は断念して、せっかく手前まで来たからと山口観光することにしました。

 

山口は元々、大内氏の拠点として栄えましたが、幕末、長州藩が海沿いの萩から移転して、長州藩の藩政治の中心となりました。

街の歴史は長いですが、藩の中心としてはそれほどなく、むしろ、維新後の山口県の中心となった街のようです。

 

旧県庁は資料館となっているので、紹介をしたいと思います。

 

 

 

まずは旧山口藩庁門。結構立派ですが、元々、移転時に建てられた門は第一次長州征伐の和議で破却されたあと、明治3年に建てられたものが現存しているそうです。

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堀もあります。

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門をくぐり、折り返すと西洋風の建物が見えます。

こちらは旧山口県庁で、大正2年に着工、大正5年に完成した国の重要文化財に指定されている建物です。隣は旧山口県議会議事堂です。

 

昔の行政機関の車寄せって豪華ですよね。
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エントランス
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左手の階段から上がります。ここは結構シンプル。
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2階
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会議室
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廊下。当時の雰囲気も感じつつ、やはり行政機関の建物な雰囲気があります。
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旧副知事室
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知事室。天井が特徴的ですね。2面採光できるように角にあります。
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隣の棟の旧県議会議事堂に移動します。

ここは別の建物で、特に廊下などではつながっていませんでした。

避雷針でしょうか。屋根上の突起が目立ちます。

県庁とはやはりちょっと形が違いますね。

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議場の様子
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2階からの様子。2階は記者が入っていたようです。
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構造補強の説明
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県政記念館の横からの様子
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守衛受付かな
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中庭。なぜかポスト。
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建物はロの字型で。中庭は完全に建物に囲まれています。
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正面玄関の裏側
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こちらは新しい県庁につながる通路です。
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守衛室。ここは現在の県庁の門になるので、警備の方もいました。
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門の外からの県政資料館。
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山口県史や、歴代知事の写真なども展示されていましたが、県外の人間からすると残念ながらあまりピンときませんでした。

 

建物自体は大正時代の西洋建築らしい雰囲気を感じることができました。

では今回はここまで。次は山口市街の様子を紹介します。

 

 

旅日記Vol.23 龍野城下

前回は龍野城の紹介。

旅日記Vol.22 龍野城(藩庁#3) (Tatsuno Castle / 辰野城) - 旅と音楽とご飯

 

今回は龍野城下の用数を紹介します。

城下は当時の建物はそれほど多くはなく、観光地としてもすごく賑わってるわけではないですが、いくつか見どころがあるので紹介します。

個人的には暑さはともかく混雑していないのはありがたい。。。

 

早速紹介します。

 

古い家屋もいくつか点在しています。

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こちらは三木露風生家。

赤とんぼが有名ですね。

「十五で姐やは嫁にいき お里の便りもたえはてた」

が当時の風習(十五歳で嫁ぐ)を表し、後半はなんやら不穏な空気を感じます。

Wikiとかで調べると実の姉ではなく、女中さんだそうです。

 

郷愁よりもなんだか別の感情が沸くのはわたしだけでしょうか。


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入館料は無料。結構無料で見学できるスポットが多いです。

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中庭からの様子。
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江戸時代の建物ではなく、大きな屋敷ではないですが、間取りなどは当時の雰囲気を感じます。
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露風生家からゆるやかな坂を下ります。白壁が続きます。f:id:enlight-s2015:20250824135209j:image


醤油工場の蔵と煙突が見えます。もともと「かねゐ醤油工場」だったそうですが、現在は「ゐの劇場」として活用されているそうです。

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醤油の郷 大正ロマン

施設はもと醤油同業組合の事務所だったそうです。

龍野醤油同業組合(現:龍野醤油協同組合)が大正13年に建設した旧組合事務所は、大正ロマンを感じさせる当時の面影を残したモダンな洋館で、龍野の醤油産業の発展の歴史を示す重要な歴史遺構であり、同敷地内の旧醸造工場(大正4年)とともに国の登録有形文化財に登録されています

 

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重厚な建物です。こんな建物を建てれるくらい醤油製造の最盛期は栄えていたのでしょう。

中はそれほど見れる個所はなく、市民のが制作された作品が展示されていました。
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門の外から
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反対側の路地。水路と柳。こんな風景が「播磨の小京都」と呼ばれる所以でしょうか。
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通りの建物も古そうな雰囲気のある建物があります。
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石畳が整備されています。一部なのが残念。
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先ほどみえたゐの劇場の正面。
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如来寺。先ほどの水路の先のようです。
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うすくち龍野醤油資料館。

ここはヒガシマルの旧社屋で昔の醤油製造の工程を見学することができます。

ヒガシマルはうどんスープなどで日頃からお世話になっています。

祖母の作ってくれたうどんにも使われていました。もはや家庭の味!

 

 

 

 

入館料はなんと10円!
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正面から。

建物は登録有権文化財、近代化作業遺産の一部とされています。さもありなん。

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中は当時の器械や醤油づくりの道具が紹介されています。
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龍野は醤油づくりが盛んで、龍野の醤油が鉄腕ダッシュでも取り上げられていたそうです。

ザ!鉄腕!DASH!!

 

お土産にあまり見ない醤油を買ってみました。

 

 

 

ということで今回はここまでです。

龍野の街は結構マイナーな印象でしたが、意外にみどころもあり楽しめました。

最後までご覧いただきありがとうございました。

 

 

旅日記Vol.21 伏見城(Fushimi Castle / 伏见城)

今回は京都府京都市にある伏見桃山城を訪れた際の記事です。

 

伏見城豊臣秀吉によって築城された城で、現在の京都市伏見区にあります。

 

城自体は一国一城によって廃城となっており、その後、伏見奉行によって管理、近代では明治天皇御陵となっています。

周辺は伏見桃山運動公園となっており、その一角に天守閣があります。

現在残る天守閣は「伏見桃山キャッスルランド」という遊園地を建設した際の建物です。

車で行くと30分100円で駐車出来ます。

 

まずは大手門。

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伏見桃山城の碑

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正面からの様子。
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説明書きがあります。
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残念ながら耐震基準を満たしておらず、中に入ることはできないそうです。名古屋城をはじめ、昭和に再建された城を見学できないのは残念ですね。
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かつてのチケット購入窓口ですね。現在は当然ながら閉鎖されています。

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中に入ると天守、小天守がお出迎え。この外観はどっかの現存天守を模倣したものではなく、洛中洛外図に描かれた伏見城をもとに再建されたそうです。

手前の広場は公園の一部のためか、ある程度整備されているため、きれいになっています。
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東側から近づけるところまで。左手の階段から登城できたのでしょうか。
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整備されているとはいえ、蔦が侵食しています。
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正面から。見事な建物ですね。こうしてみると荒れている様子もないので、中も見てみたいです。
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天守には近づけず、他の遺構や遊園地あとを思わせるものは見つけられませんでしたが、今も市民のシンボルとして残る天守閣はきちんと残されていました。

 

昭和期に建てられた城もどんどん老朽化しており、このままだと同様に見れるけど入れない城ややむを得ず取り壊しとなってしまうものも出てくるかもしれません。

それまでに限られたチャンスを活かして訪れたいと思います。

 

では今回はここまで。

 

                                [2025/07訪問]

 

旅日記Vol.19 後楽園(日本三名園#1)  Korakuen / 后乐园

さて、岡山城を見学した後は、隣接する後楽園を見学します。

岡山城→後楽園は岡山観光の鉄板ではないでしょうか。

 

岡山城の記事はこちら

旅日記Vol.18 岡山城(日本100名城#4 ) Okayama Casle / 冈山城 - 旅と音楽とご飯

 

後楽園について

後楽園(こうらくえん)は、岡山県岡山市にある、江戸時代を代表する大名庭園です。金沢の兼六園、水戸の偕楽園と並び、「日本三名園」の一つに数えられています。

歴史

  • 築庭: 岡山藩2代目藩主の池田綱政が、家臣の津田永忠に命じて、1687年(貞享4年)に着工し、1700年(元禄13年)に完成しました。当初は「御後園(おこうえん)」と呼ばれていました。

  • 一般公開: 完成後も、日を定めて藩内の人々にも観覧が許されていました。明治時代になると、園は岡山県に譲渡され、一般公開されるようになりました。

  • 戦災からの復旧: 1934年(昭和9年)の水害や1945年(昭和20年)の岡山空襲により、園内の建物の多くが焼失しました。しかし、江戸時代の絵図や資料を基に復旧が進められ、1967年(昭和42年)にはほぼ創建当時の姿を取り戻しました。

  • 特別名勝: その歴史的・文化的な価値から、1952年(昭和27年)に国の特別名勝に指定されています。

特徴

  • 池泉回遊式庭園: 園内を歩いて巡りながら、景色の移り変わりを楽しむ「池泉回遊式庭園」という様式で造られています。

  • 岡山城との借景: 旭川を挟んで対岸にある岡山城を借景(しゃっけい)として取り込み、庭園と城が一体となった雄大な景色を形成しています。

  • 広大な芝生: 庭園の中心部には広大な芝生地が広がり、日本庭園としては珍しい開放的な景観を作り出しています。

 

岡山城から自転車・歩行者専用の橋を渡ります。ここは月見橋と呼ばれておるそうです。ちなみにこの橋は近く塗り替えられるそうで、今度は烏にちなんだブラック系になるそうです。架けられたのは1954年(昭和29年)で既に70年近い歴史があります。

 

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今回は南側の出入り口から入ります。f:id:enlight-s2015:20250725090624j:image
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鯉が群がっています。
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茶祖堂
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流店。この建物は普通の休憩所と思いきや、中に水が流れています。ちょっと珍しい造り。
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岡に上がります。
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岡の上から。芝生がきれい。芝生って日本庭園ぽくないと思いがちですが、広々として風景にマッチしています。
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田んぼもあります。訪問したのは6月なので、今の時期(8月)はもっと稲穂が成長しているでしょう。
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こちらは茶畑。
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島茶屋
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こっちも茶畑。
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池の風景
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鶴が飼育されています。
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よい景色
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鶴鳴館。当時の建物は戦災で焼失してしまったため、別の武家屋敷を移築したそうです。一般公開はされていないそうですが、特別公開や、結婚式の会場として利用されているそうです。f:id:enlight-s2015:20250724184402j:image
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延養亭。ここは藩主の居館としても使われていたそうです。こちらは昭和35年に復元されたものだそうです。
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築山
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大立石。大名庭園らしく立派。
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橋から
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ということで散策して岡山城方面に戻ります。川と城の風景がすごく良いですね。
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では今回はここまで。

旅日記Vol.20 岡山城おまけ

岡山城→後楽園ときて、城の周辺を少しだけ散策。

旧本丸について紹介します。

 

岡山城の記事はこちら

旅日記Vol.18 岡山城(日本100名城#4 ) Okayama Casle / 冈山城 - 旅と音楽とご飯

 

場所はここ。岡山城のすぐ西側です。

 

 

 

少し離れたところから見る石垣もその規模がよく見えてすばらしい。

手前が月見櫓。奥が天守です。

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「宇喜多氏築城以前 岡山城本丸址」とあります。
病院の駐車場のように小高い丘になっています。
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登ってみた様子。現在の本丸、天守がよく見えます。
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高さはこんな感じ。写真と比較して、実際はもう少し急な印象です。
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説明書きもありました。
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岡山城の記事からのちょっと補足でした。

 

では!

 

 

旅日記Vol.18 岡山城(日本100名城#4 ) Okayama Casle / 冈山城 

旅も終盤。

時間があれば行けたらなーと思っていた岡山市街ですが、朝イチに犬島に行けたので、

岡山城と後楽園を見学してきました。

 

犬島精練所美術館についてはこちら。

旅日記Vol.16 犬島精練所美術館 Inujima Seirensho Art Museum / 犬岛精炼所美术馆 - 旅と音楽とご飯

 

岡山城は以前にも行こうとしていましたが、改修中で断念。ということで、ようやく登城出来ました!

岡山城は、岡山県岡山市にある城で、別名「烏城(うじょう)」と呼ばれています。その漆黒の天守が印象的な、山陽地方を代表する名城の一つです。

 

歴史

  • 築城の始まり: 南北朝時代に名和氏の一族である上神高直が石山台に城を築いたのが始まりと伝えられています。

  • 宇喜多氏による大改修: 戦国時代に宇喜多直家がこの地を支配し、子の秀家が豊臣秀吉の協力のもと、1597年頃に大規模な改修を行いました。この時に、現在の岡山城の原型が完成し、城の名前も「石山城」から「岡山城」へと改められました。

  • 江戸時代: 関ヶ原の戦いの後、小早川秀秋が城主となり、その後は池田氏明治維新まで代々治めました。池田氏の時代には、旭川を挟んで対岸に日本三名園の一つである後楽園が造られました。

  • 戦災による焼失と再建: 岡山城天守は、国宝に指定されていましたが、1945年の岡山大空襲で焼失しました。その後、1966年に鉄筋コンクリート造で再建されました。

  • 令和の大改修: 2022年には、天守の内部展示などを一新する「令和の大改修」を経て、リニューアルオープンしました。

建築と特徴

  • 烏城(うじょう): 天守の外壁が黒い下見板張りであることから、「烏城」の愛称で親しまれているそうです。

  • 不等辺五角形の天守台: 天守の土台が四角形ではなく、全国的にも珍しい不等辺五角形をしているのが特徴です。これは織田信長安土城天守を模して築かれたためと言われています。

  • 現存する重要文化財: 天守は再建ですが、本丸に残る「月見櫓」と、かつての西の丸にあった「西の丸西手櫓」は、空襲を免れた現存の建物で、国の重要文化財に指定されています。

観光情報

    • 開館時間: 9:00~17:30(最終入場は17:00)

    • 休館日: 年末(12月29日~12月31日)

    • 入場料: 大人400円、小・中学生100円。岡山後楽園との共通券も販売されています。

    • 天守内部: 再建された天守内部は博物館となっており、岡山の歴史に関する展示や、戦国・江戸時代をテーマにした体験コーナー、カフェなどがあります。

ということで散策してみます。

 

まずは橋を渡ります。この橋は架けられたものではなく、堀を分断するようになっています。

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公園碑。「岡山城」ではなく「烏城」となっています。
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枡形跡を通って本丸方面に向かいます。
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曲がったところに聳え立つ大納戸櫓跡。石垣の反りが美しい。
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櫓から東に進み、鉄門跡まで進みます。石垣が続いていて、規模の大きさを実感できます。
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本丸方面を目指します。
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黒門跡。今は特になにもありません。
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不明門。ここから天守閣に入ります。この門は戦後復元されたコンクリート造りだそうです。
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天守閣が見えてきました。

前は広場になっていて全体を見渡せます。ちょっと大阪城っぽい配置。黒々としていてまさに烏!
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入口手前からの様子。きれいに復元されています。
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こちらは礎石のあと

礎石跡

欄干はないので中から景色を見る感じ。

建物は戦後のコンクリート造りの再現で、その建物内をリニューアルしたようです。

歴史学者磯田道史先生監修による展示で、梟雄と名高い宇喜田直家について、岡山城、岡山の都市形成についてわかりやすく説明されていました。
小学生くらいなら体験コーナーも充実して興味を示しそうです。
中の施設はリニューアルしたばかりで大変きれいでした。

最近メディアによく出るから磯田先生かと思いきや、岡山出身らしいですね。

 

 

 

 

 



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展示を見終わって外に出ます。

廊下門と天守
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月見櫓。城外側から見ると二階建てですが、この写真の通り、城内側から見ると三階建てで、一番下の階は土蔵となっているそうです。残念ながら中を見ることができませんが、この施設は1620年代に建てられたもので。国の重要文化財に指定されています。
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数寄方櫓跡。こちらは残念ながら礎石のみです。
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岡山城の面白いところは築城時の石垣の跡の復元がいくつかされており、当時の高低差や地層を見ることができます。階段の上り下りが面倒ですが、なかなか興味深いです。
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廊下門をくぐり、外に出ます。これは出たところの様子です。
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反対側からの天守の様子。こちらからみると石垣の上から聳え立っており、より大きく見えます。中心部が角になっておりこの形が特徴的な不等辺五角形の形になっています。
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上空から見るとこんな感じだそうです。(写真は岡山城HPより抜粋)

天守閣の形

 出典:  岡山城を知る – 岡山城の歴史 | 【公式】岡山城ウェブサイト

 

 

外から見た月見櫓。確かに二層に見えます。
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岡山城については岡山城のHPが充実しています。

okayama-castle.jp

 

ということで今回はここまで。次回は隣の後楽園を紹介します。では!

 

 

旅日記Vol.22 龍野城(藩庁#3) (Tatsuno Castle / 辰野城)

今回は兵庫県龍野城についての紹介です。

 

龍野城(たつのじょう)は、兵庫県たつの市にある日本の城です。別名「霞城(かじょう)」とも呼ばれています。

 

歴史と特徴

  • 築城と初期

    • 龍野城は、中世に赤松村秀によって、鶏籠山(けいろうざん)山頂に築かれた山城が始まりです。

    • その後、豊臣秀吉の播磨平定により、秀吉の手に渡り、蜂須賀正勝らが城主となりました。

  • 近世の城

    • 江戸時代に入り、寛文12年(1672年)に脇坂安政が信州飯田から入城しました。

    • この際に、山頂の山城は放棄され、山麓に陣屋形式の城郭として再建されました。これが現在の龍野城の姿です。

    • 脇坂氏はその後、明治時代まで10代にわたって龍野藩を治めました。

  • 現代の龍野城

    • 明治時代の廃藩置県により、城の建物は取り壊されましたが、昭和50年代から復元・再建が進められました。

    • 現在は、本丸御殿、櫓、門、塀などが再建されており、龍野のシンボルとなっています。

    • 建物は絵図を参考に再建されましたが、忠実な復元ではなく、龍野のシンボルとして再構成されたものです。

    • 内部には資料館などがあり、見学が可能です。

見どころ

  • 本丸御殿:内部は公開されており、見学ができます。

  • 櫓・門・塀:白亜の城壁が復元され、当時の雰囲気を楽しめます。

  • 移築された城門:大手門や東門などが市内の寺院に移築され、現存しています。

 

 

駐車場は龍野公園か街中に市営の駐車場があります。

城の見学だけなら敷地内にあるたつの市立龍野歴史文化資料館に停めることができます。

今回は街中も散策したかったので、少し離れていますが龍野公園に駐車して歩きます。

グラウンドやミニ動物園もありました。

 

まずはたつの市武家屋敷資料館。門の写真撮り忘れた、、、

パンフレットにはこの建物について紹介されています。下記、引用します。

この建物の敷地は、寛政10年(1798)の龍野城下町絵図がでは、「芝辻平左衛門自分建」とあり、元々、鉄砲師や鍛じしざく冶職として仕えていた家系の、芝辻平左衛門の屋敷であったことが明らかとなっています。敷地内の建物のうち、主屋は江戸時代から継承されてきたもので、明治から昭和にかけて、離れの改築と、2階居室や水回りなどの改造がおこ‘ Iなわれ、ごく最近まで住宅として使用されていました。おにがわらめい主屋の建築年代は、棟の鬼瓦銘に見られる天保8年(1837)前後と推定されます。決して規模の大きな屋敷ではありまににんぶちおせんが、当時の龍野城下町において、およそ二人扶持、御ながれかくおさかずきか<流格もしくは御盃格の武家が生活した住宅として貴重な遺構といえます。東南隅の式台のついた玄関から入り、控えの間を西に進んで座敷に至る接客部分は、格式を重んじた構成となっています。

 

邸内の様子

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中庭
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甲冑が飾られています。
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床の間
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大きな屋敷ではありませんが、当時の龍野の建物の様子を知ることができます。

 

続いて龍野城を目指します。

隅櫓が街のシンボルになっています。
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手前の門は城のものではなく、小学校の水練場(=プール)の門です。雰囲気ありますね。

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西門をくぐります。ここは大手門ではないのでご注意。

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隅櫓の裏側
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すぐに本丸御殿が見えます。
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唐破風の門が立派。この建物は1979年(昭和54年)に再建されたものだそうです。

中も見学できます。
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上段の間と格子天井
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他の部屋も再現されています。
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再建のため、古さはありませんが、こちらも当時の御殿の様子を知ることができます。

説明は少なめです。

 

隣には資料館があり、展示を見学できます。企画展では太平洋戦争の展示がされていました。※写真は撮ってません。

 

 

門を下ります。
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大手門、、、と思いきや、埋門(うずめもん)というそうです。

こちらから入った方が城の雰囲気は感じられますね。

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裏側も梁が立派です。

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虎口。門をくぐってすぐに折れる枡形になっています。
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正門感ありますが、、、
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城下からの様子。

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次回、城を出た後は街中の様子を紹介します。